いつしか働く気力がなくなり、生きていくことそのものがひどく面倒な作業になっていました。
借金でなんとか毎日を繋いでいるような日々。
差し押さえの予告通知で溢れかえった現実は、最初はあまりに受け入れがたくて、直視することもできませんでした。
「このままではまずい」という焦りを通り越すようになり、わたしの心は底辺の場所で奇妙なほど静かに安定するようになっていたのです。
けれど、次第にこれ以上は取り返しがつかなくなると感じて、住んでいた部屋を手放し、借金を返すためにリゾートバイトへ行くことに決めました。
荷造りの最中、かつて友人と一緒に買ったCHANELの「CHANCEオー タンドゥル」がふと目に入りました。
上京する前、しばしのお別れに札幌駅で梨花ちゃんと会った時のことを思い出す。
梨花ちゃんは「彼氏の香水がすごくいい香りだから、自分も見てみたい」と言って、大丸のCHANELへ誘ってくれました。
慣れない空間に圧倒されて、2人でそわそわしていた中、店員さんが声をかけてくれて、いくつかのテスターを用意してくれました。
その中でも「CHANCE」は、2人が同時に顔を見合わせるほど、香りに一目惚れしてしまうものでした。
甘くフルーティなその香りは、未来に舞い上がる当時のわたしたちに、とてもよく似合っていました。
「ねぇ、もっちー。これ、おそろいでつけようよ。」
「これをつけて、一緒にチャンスを掴もうね!」
2人はCHANELの小さな紙袋を大切にぶら下げて、それぞれの新しい場所へと向かいました。
この香りを味方にすれば、最高の幸運が約束されているのだと、本気で思っていたのです。
当時はお互いに彼氏がいて、「いい香りだね」と言ってもらえるのを、淡く期待しながら。
あれから、もう6年が経とうとしています。
今のわたしは、お金も、恋人も、仕事もなくて、あるのは借金だけ。
はたから見ればろくでなしと言われてしまうような人生。
いつしか香水をつける時のあのときめきも忘れてしまい、それはただ、埃をかぶった置き物になっていました。
身なりにも無頓着になり、顔を洗うことさえ疎かになって、体は粉をふき、ひび割れている。
あの頃のわたしが今のわたしを見たら、一体どう思うのでしょう。
無様な生き方にショックを受けて、東京へ行くのをやめてしまうでしょうか。
いや、たとえ反面教師にしようとしたところで、結局は同じ道を歩んでしまうのでしょう。
わたしの人生はそのように出来ているのだから。
当時は上京後半年で恋を失い、続く4年は日陰の情に身を置き、自分を見失って借金だけが残った。
「東京なんて…」
そんな、平坦ではない哀れな道のりを過去の自分につい伝えてしまいそうになります。
でも、本当のことを言えば、不幸なことなんてそれほど存在してはいませんでした。
自分なりに未来の種を四方八方にばらまきながら、たくさんの小さな幸せと、少しばかりの大きな苦しみで、なんとかバランスをとってきたのです。
だから、その渦中にいたわたしの心までは、たとえ誰であっても笑うことはできない。
ふと、香水の瓶に指が触れる。
久しぶりにその香水をつけてみると、鼻の奥が少し重くなるような香りに、くらくらしてしまいました。
この香水も、もう、今のわたしには似合わなくなってしまったのでしょう。
ふと、脳裏に不思議な予感がよぎる。
———わたしは、今の苦しい自分に感謝しているよ。
わたしはもう一度、そのうんざりするほど甘い香りを吸い込みました。
あの頃の真っ直ぐで頭でっかちで、一生懸命だったわたしが、ふりかけた香水の香りのように遠ざかっていく。
そんな過去を静かに見送りました。
友人と笑い合っていた時間も、この香りと共にあった日々も、すべてが愛おしい記憶です。
きっと今日もどこかで、誰かがこの香りをまとい、その香りは荒涼とした景色の中へ消えていくのでしょう。
わたしは覚悟を決めて、その「CHANCE」をメルカリで売りました。

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